530運動の始まりについて

 日本が高度経済成長を迎えた昭和40年代、私たちの生活もだんだん豊かになり、また自動車の普及も手伝って郊外へ家族でドライブに出かけるなどレジャーに時間とお金を費やすようになりました。豊橋市内でも石巻山や葦毛湿原などがある東部丘陵地帯に、豊橋山岳会と豊橋自然歩道推進協議会とが中心となって自然歩道が整備されました。そのおかげで多くの人々がこの地を訪れ、自然歩道を散策し、楽しい一日を過ごしていったはいいものの、観光客が帰った後には決まって大量のごみが残され、あっという間に山はごみであふれるようになってしまいました。

豊橋山岳会会長の夏目久男さん
豊橋山岳会会長の夏目久男さん

 この悲しい現実を放置しておけず、豊橋市に530運動の推進を訴えたのが豊橋山岳会会長の夏目久男さんでした。夏目さんは山岳登山の経験から「自分のゴミは自分で持ちかえるのは登山者のモラルであり、社会全般にも適用される」とし、郊外に限らず市内のいたるところに見られる散乱ごみの実情を全市的にとらえ、社会道徳の高揚と住みよい美しいまちづくりをめざし、「自分のゴミは自分で持ちかえりましょう」を合言葉に530運動の推進を提唱されました。豊橋市も夏目さんの熱心な訴えを受け止め、市制施行以来の全市的な一大市民運動とすべく各団体に対し参加の要請や清掃活動の実施を呼びかけ、昭和50年7月16日、市内43団体からなる官民一体の530運動推進連絡会が設立されました。豊橋自然歩道推進協議会会長の野澤東三郎さんを会長とし、また自らも副会長として運動を展開していきました。

 昭和50年11月11日(市民の日)には初の全市一斉の530運動実践活動が開催され、各校区や町内、事業所、学校など147団体、約12万人が参加し、河川や道路、公園などの清掃が行われました。その後豊橋市では春と秋の年2回、5月30日のゴミゼロの日と、11月11日の市民の日を中心に全市一斉の530運動実践活動を行うようになり、年間10万人を超える市民が参加する一大イベントとなりました。

 夏目さんたちはこの運動を市内だけでなく市外、県外へ全国へと広めてゆき、「ゴミゼロ」のネーミングのユニークさと誰でもいつでも取り組めることから「ゴミゼロ」といえば今や日本全国誰もが知っているものとなり、豊橋市は530運動発祥の地といわれるようになりました。

 530運動を語るときになくてはならない夏目さんと野澤さんですが、残念ながら平成元年5月22日に野澤さんが、平成11年4月5日に夏目さんがご逝去されました。

 本来この運動は、ゴミを捨てないという精神運動が基本であり美しく住みよい環境づくりの原点であるとともに公衆道徳の根元でもあります。環境に対する高い意識とモラルを持った未来人の育成こそ530運動の使命であります。

 最後に、530マークの由来をご存知ですか。これは昭和50年8月にシンボルマークを募集し、応募のあった287点の中から選ばれたもので、530運動の輪を広げるため、ごみを拾うしぐさと5月30日との語呂合わせにより表現したものです。またテーマソング「530世界」は全国募集をし、337点の作品の中から選んで昭和56年3月に決定したものです。